彼女のキャリアは、10代の頃に自作曲を持ち込んだことから始まった。1972年にシングル「返事はいらない」でデビューを果たし、翌1973年にリリースされたファーストアルバム『ひこうき雲』は、当時の日本の音楽産業に凄まじい衝撃を与えた。荒井由実として世に出た彼女のサウンドは、従来の歌謡曲やフォークソングとは一線を画す洗練されたコード進行と都会的な歌詞世界を持ち、後に「ニューミュージック」と呼ばれる新たなジャンルの金字塔となった。
1976年に音楽プロデューサーの松任谷正隆と結婚し、アーティスト名を「松任谷由実」へと改名。ここから夫婦二人三脚による怒涛の快進撃が幕を開ける。80年代から90年代にかけては、リリースするアルバムがミリオンセラーを連発。リゾートコンサートの先駆けとなった苗場でのライブや、総制作費数億円を投じた巨大なエンターテインメントショーなど、彼女が打ち立てたビジネスモデルは現在のJ-POPの礎を築いた。