悲劇が起きたのは2013年10月5日の夕方16時50分頃のことです。斎藤さんは自身が結成した男の娘バンド「美女♂men」(当時は美女♂men DX)のメンバーや関係者計5名とともに、翌日10月6日に熊本県荒尾市で開催されるライブイベントへ向かう途上でした。東京から熊本まで約1,200キロという超長距離を、ワンボックスカー(ハイエース)で移動していました。
現場は山口県美祢市東厚保町の中国自動車道下り線・伊佐パーキングエリア付近。この区間は高速道路愛好家や長距離ドライバーの間でも「極めて走りにくい魔の区間」として知られる場所です。当時の天候は激しい雨。路面には深い水たまりができ、薄暮(夕暮れ)の時間帯と重なって前方視界は極端に悪化していました。
事故の推移は以下の通り、瞬く間の連鎖衝突でした。
下り坂の右カーブに差し掛かった際、ワンボックスカーがハイドロプレーニング現象などによってスリップを起こし、スピンしながら中央分離帯のガードレールに激突。車両は追越車線側を塞ぐ形で停止しました。自力で動けない状態に陥るなか、まずマネージャーの砂守さんが状況確認や発炎筒設置、後続への合図のために路上へ降車。直後に後続の大型トラックに跳ね飛ばされました。
車内に残されていた斎藤恭央さんは、仲間がはねられた事態を目の当たりにし、携帯電話を手に通報や救助、あるいは後続車への警告を行おうと車外へ飛び出しました。しかし、視界不良と雨の中で後続の普通乗用車が止まりきれず、路上にいた斎藤さんを跳ね飛ばすという最悪の二次衝突が発生してしまったのです。