謎多き伴侶の輪郭を知るには、タモリが全国区のスターになる以前、福岡で過ごした青壮年期に時計の針を戻す必要があります。タモリと妻の馴れ初めは、彼が早稲田大学を中退後、地元・福岡へ戻って就職した朝日生命保険でのサラリーマン時代に遡ります。
妻はタモリより2歳年上で、社内恋愛を経て1970年(昭和45年)頃に結婚しました。一部報道や関係者の回想録では「春子さん」という名で呼ばれることもありますが、森田家における彼女の役割は単なる主婦にとどまりません。タモリが脱サラしてボウリング場の支配人などを務め、やがてジャズピアニスト・山下洋輔や漫画家・赤塚不二夫に見出されて単身上京した際も、妻は福岡に残り、経済的な基盤を支え続けました。
当時のタモリは、赤塚不二夫の自宅マンションに居候し、芸ともつかないナンセンス芸を披露する無頼の身でした。周囲が「いつ福岡に送り返されるか」と見守る中、妻は文句ひとつ言わずに夫の才能を信じ、送金を続けたと伝えられています。本格的にタモリのブレイクが決まり、生活の目処が立ったことで妻も上京。世田谷区内に居を構えました。
タモリの家族構成は、夫妻ふたりのみです。後述するように子供はおらず、長年にわたり愛猫の「パトラ」などを我が子のように可愛がっていたエピソードは、ファンの間でも広く知られています。また、妻はタモリの個人事務所「オフィス・ゴジラ」の代表取締役や重役を務め、莫大なギャランティの資産運用から健康管理に至るまで、文字通りタモリの人生をマネジメントしてきた「最高の戦友」でした。