日本の近代文学において、猫は常に人間の滑稽さを暴き出す特等席に座ってきた。夏目漱石が名作『吾輩は猫である』で描いたのは、愛玩動物としての姿ではない。高みから知識人たちの欺瞞や文明病を冷ややかに見つめる、不敵な批評家としての眼差しだった。
「名前はまだ無い」と嘯く名もなき猫は、明治という激動期に右往左往する人間社会の矛盾を鋭く射抜いた。利害関係を持たず、損得勘定で動かない猫という存在だからこそ、人間のエゴイズムを純粋に浮き彫りにできたのだろう。漱石が提示したこの視座は、一世紀以上が経過した現在も、私たちが彼らに抱く畏敬の念の根底に静かに息づいている。