本作を語る上で欠かせないのが、アルバム『JUST A HERO』の制作過程におけるドラマです。1985年に東芝EMI(当時)へ移籍し、名盤『BOØWY』で確固たる支持基盤を築いた彼らは、次なる一手として既成のロックンロールの枠組みを破壊する実験に乗り出しました。そこに生まれたのが『わがままジュリエット』でした。
当時の音楽雑誌のインタビューや関係者の回想録によると、本作は氷室京介がアコースティックギター1本でメロディとコードの原型をデモテープに吹き込み、スタジオに持ち込んだ楽曲でした。BOØWYの楽曲の多くが布袋寅泰の作曲であったのに対し、氷室京介が作詞作曲の双方を手掛けたシングル表題曲は極めて異例の試みでした。氷室が提示したメロウな世界観に対し、ギタリストの布袋寅泰は、従来の荒削りなパンクギターではなく、空間を美しく切り裂くようなディレイとコーラスを効かせたアルペジオ、そして抑制されたカッティングを緻密に構築しました。
過剰な感情過多に陥りがちなマイナー調の歌謡ロック的メロディを、布袋の鋭利でニューウェイヴ的なアレンジが引き締め、ベースの松井恒松によるダウンピッキングの正確無比な低音と、高橋まことのタイトなドラミングが支える——まさに4人の個性が奇跡的な均衡を保った瞬間でした。この楽曲の完成によって、BOØWYは単なるティーンエイジのカリスマから、日本のポップミュージックの構造そのものを塗り替えるモンスターバンドへと舵を切ったのです。