インリン・オブ・ジョイトイという強烈な名が世に知れ渡る契機となったのが、自らを「エロテロリスト」と定義した独自のスタンスです。この過激な肩書の由来は、単に扇情的な言葉で注目を集めるためだけのものではありませんでした。アート・音楽・パフォーマンスを展開するクリエイティブ集団「JOYTOY」の思想を基盤に、性をタブー視する固定観念や抑圧的な社会通念を、エロティシズムの力で破壊・解放するという明確なコンセプトが込められていたのです。
台湾の台北市に生まれ、10代で来日した彼女は、モデル活動を経て独自の表現手段を模索しました。その過程で世に放たれたグラビアやヌード作品は、男性目線に迎合する従順なイメージを真っ向から拒絶し、自らの肉体を自律したアートピースとして提示する前衛的なアプローチを貫きました。彼女が築き上げたグラビアの伝説は、日本のビジュアルシーンにおけるエロティシズムの概念を大きく押し広げる契機となったのです。