時代が昭和から平成へと移り変わるにつれ、神戸をはじめとする都市部は急速に発展を遂げた。埋立地の開発や高層ビルの建設、さらには大阪方面へと連続する阪神間都市機能の拡大により、山頂から見渡せる光の数は飛躍的に増加した。
1980年代後半のバブル経済期、改めて同じ手法で六甲山系から見える電気代が再試算された。神戸市域だけでなく、視界に収まる大阪平野や阪神間の電灯を含めて計算した結果、1日あたりの電気代、あるいは1ヶ月の電気代が当時のレート換算で1000万ドルを優に超える規模へと膨らんでいた。これを受けて誕生したのが「1000万ドルの夜景」という新たな呼称だ。
現在ではLED照明の普及による省電力化が進んでいるものの、街の広がりと建造物の密度自体はかつてない高水準にある。歴史的な「100万ドル」という原点へのリスペクトを残しつつも、より広域で圧倒的な光景を強調する場面では「1000万ドル」という表現が使い分けられている。