安田菜津紀の活動を語る上で欠かせないのが、自身のアイデンティティと家族の歴史に向き合ったプロセスです。中学生のときに実父を亡くした彼女は、20代半ばを過ぎてパスポート取得や身辺手続きのために父親の古い戸籍謄本を取り寄せた際、父が在日コリアン(韓国籍)の出自を持ち、後に日本へ帰化した事実を初めて知ることになります。
生前の父がなぜ自らのルーツを家族にさえ明かさなかったのか、その背景にあった日本社会の根深い差別や偏見の歴史に直面した彼女は、自らのルーツを辿る旅を始めます。自著『国籍と遺書、兄への手紙』やインタビュー手記の中でも、「知らされていなかった過去を知ることは、日本社会に潜む見えない壁を自覚することだった」と語っており、この体験が後のヘイトスピーチ問題や出入国管理(入管)問題の取材へと強く結びついていきました。
自身の出自を公表したことは、多文化共生やマイノリティの権利を巡る発信に圧倒的な当事者性と説得力を付与する一方で、インターネット上での理不尽な攻撃の標的となる契機にもなりました。