美術史や展覧会解説を紐解くと、「色彩の魔術師」というフレーズは単一の画家の専売特許ではなく、フランス近代絵画の転換点を担った複数の巨匠たちに対して使われている実態が浮かび上がります。
なかでも「元祖」にして最大の存在として美術史家の一致した見解を得ているのが、アンリ・マティス(Henri Matisse, 1869–1954)です。1905年のサロン・ドートンヌにおいて、批評家ルイ・ヴォークセルが展示室の彫刻を指して「野獣(フォーヴ)の檻の中にいるドナテッロだ」と評したことから誕生したフォーヴィスム(野獣派)運動。その中心人物であったマティスは、事物が本来持つ「固有色(リンゴ=赤、空=青など)」の制約を完全に打ち破り、純色をキャンバス上で激しく衝突させました。
一方で、一般の展覧会やメディアでは以下の画家たちも「色彩の魔術師」として広く紹介されています。
- マルク・シャガール(Marc Chagall, 1887–1985):重力から解放された恋人たちや動物を、深遠な「シャガール・ブルー」をはじめとする鮮烈な色彩で描き、「愛の画家」「色彩の詩人」とともに魔術師の異名を持つ。
- ラウル・デュフィ(Raoul Dufy, 1877–1953):音楽や競馬、南仏の海を、透明感あふれる色彩と流麗な黒の輪郭線で軽やかに描写し、「光と色彩の魔術師」と称賛される。
- パウル・クレー(Paul Klee, 1879–1940):チュニジア旅行を機に「色彩が私を捉えた」と宣言し、多層的な色面構成で絵画のポリフォニー(多声性)を構築したスイス出身の巨匠。
- ピエール・ボナール(Pierre Bonnard, 1867–1947):ナビ派出身で、日常の親密な情景を複雑怪奇かつ陶酔的な色彩で塗り込めた「色彩の魔術師」「最後の印象派」。
このように異名が重複する背景には、19世紀末から20世紀半ばにかけて、西洋美術が「形態の模写」から「色彩の自律」へと劇的なパラダイムシフトを遂げた歴史的背景が存在します。