プラスネジ(十字穴)は、ドライバーを強く押し付けながら回さないと先端が溝から浮き上がって空回りする「カムアウト現象」が発生しやすい構造的弱点を持っています。このトルク抜けを根本から解決するため、1967年に米国のテキストロン社・カムカー部門によって開発されたのが、6つの丸みを帯びた突起を持つ星型構造「トルクス(TORX)」です。JIS規格やISO規格では一般名称として「ヘクスローブ(Hexalobular)」と呼ばれます。
星型ネジの最大の技術的メリットは、ドライバーとネジの接触面がほぼ直角(面接触)になる点です。プラスネジのように斜めの力で押し付ける必要がなく、小さな力で均一かつ強烈な締め付けトルクを伝達可能なため、工場の自動組み立てロボットとの相性が極めて高く、締め付けミスを大幅に低減できます。自動車のエンジンルームやブレーキ回り、PCのハードディスク内部などに採用が広がったのは、この機械工学的な合理性が理由です。
一方、ネジの中央に一本の棒(ピン)が突き出ている特殊なタイプを目にしたことがあるはずです。これは通称「いじり止め(セキュリティトルクス)」と呼ばれます。このピンがあるだけで、通常の星型ドライバーを差し込むことが物理的に不可能になります。
メーカー側がいじり止めを採用する根底には、ユーザーの安全確保と製造物責任法(PL法)に基づく訴訟リスクの回避という切実な事情が存在します。電子レンジや電源ユニット、自動車のエアバッグ周辺など、高電圧や火災、誤作動のリスクがある部位を素人が興味本位で分解し、万が一の感電や爆発事故が起きた場合、責任の所在が問われかねません。メーカーは「通常の工具ではアクセスできない」という意図的な参入障壁を築くことで、ユーザーとの間に明確な安全上のバウンダリー(境界線)を設定しているのです。
欧米を中心に巻き起こった「修理する権利(Right to Repair)」の法制化運動が本格化した2024年から2026年にかけて、過度な独自規格ネジによる囲い込みは一部緩和の兆しを見せているものの、依然として安全性に関わる基幹部にはいじり止め星型ネジが不動の標準として君臨し続けています。