Q1:工藤静香はおニャン子クラブを途中で脱退したのですか?
A1:いいえ、途中で脱退はしていません。1987年8月31日にシングル『禁断のテレパシー』でソロデビューを果たしましたが、おニャン子クラブが解散する1987年9月20日のファイナルコンサートまで、正規メンバー(会員番号38番)として最後まで在籍し活動を全うしました。
Q2:グループ内で本当にいじめや孤立はあったのでしょうか?
A2:陰湿ないじめによって仲間外れにされていたという事実は確認されていません。彼女自身が「誰かとつるんで悪口を言ったり群れたりするのが苦手だった」と語っているように、楽屋では読書をするなど自立した時間を過ごしていました。周囲と適切な境界線を保つストイックな姿勢が、外見のツッパリイメージと相まって「孤立している」と誤解されたのが実態です。
Q3:なぜ彼女だけがおニャン子解散後も圧倒的なヒットを連発できたのですか?
A3:最大の要因は、素人らしさを売りにしていたグループ内で突出していた確かな「歌唱力」と、秋元康・後藤次利による卓越した楽曲ブランディングです。さらに、早い段階から自身の衣装や世界観のプロデュースに関わり、女性ファンからの支持を獲得したことで、「元アイドル」の枠を早々に打ち破り自立したアーティストへ脱皮できたことが挙げられます。