菊池風磨の父親の正体は、シンガーソングライターとして長年活動している菊池常利(きくち つねとし)氏です。音楽業界では「TWUNE(ツネ)」の名義でも広く知られ、そのキャリアのハイライトとして語り継がれているのが、1999年にリリースされた嵐のデビュー曲『A・RA・SHI』の作詞を担当した事実です。
当時、CDクレジットに記載されていた作詞者名は「J&T」。この謎めいたイニシャルは、ジャニーズ事務所創業者であるジャニー喜多川氏の意向を含む「Johnny's」と、菊池常利氏の愛称である「TWUNE」の頭文字を掛け合わせたものでした。疾走感あふれるラップ詞と、何千人もの大合唱を生み出すキャッチーなサビのフレーズは、彼の手によって生み出されたものです。
菊池常利氏の音楽活動の原点は、1989年に結成されたフォークデュオ「グループアンドI」に遡ります。横浜や渋谷を中心にストリートライブやライブハウスでの地道な活動を重ね、1990年代にメジャーデビュー。その後ソロ活動へ移行してからは、自身の歌唱のみならず、ジャニーズ所属グループへの楽曲提供でも才能を発揮しました。嵐のみならず、TOKIOの『Only One Song』や滝沢秀明のソロ楽曲、関西ジャニーズJr.のステージ曲など、数多くの作品にコンポーザー・リリシストとして関わっています。