ネット上の言説において長年議論されているのが、「チョロ松は六つ子の中で本当に一番まともなのか?」という疑問です。ライト層からは「チョロ松がいなければ松野家は崩壊している」「一人だけ更生の余地がある」と評されがちですが、作品の深層構造を追うファンや批評家の見解は異なります。
結論から言えば、「チョロ松が一番まとも」というのは巧妙に作られた錯覚です。実際の彼は、他の兄弟のように自分の欲望(パチンコ、酒、怠惰)をあっけらかんと肯定できず、「社会性」という仮面を被って内面のドロドロとした欲望を隠蔽している分、精神的には最もこじらせています。
例えば、長男のおそ松は自分のクズさを自覚した上で開き直っていますが、チョロ松は「自分は働こうとしている」というアリバイ作りに終始し、本質的な行動変容から逃げ続けます。アイドルである橋本にゃーが物語の進行とともに結婚・出産を経験し、現実に足をつけて変化していく一方で、ファンとしてのチョロ松は激しく動揺し、現実を受け入れられず錯乱しました。変化を最も恐れ、六つ子というぬるま湯のモラトリアムに精神的に依存しているのは、皮肉にもこの「自称・常識人」なのです。