伝統芸能の家系において「梨園の妻」が背負う責務は、一般社会の結婚生活とは根本的に異なります。歌舞伎界における妻の役割は、家事や育児にとどまらず、贔屓筋(タニマチ)への挨拶回り、興行ごとのロビー対応、一門の弟子や裏方への気配り、さらには後援会の運営管理に至るまで、極めて高度なマネジメント業務を要求されます。
本作において、芸妓出身の藤駒(彰子)が喜久雄の妻に迎えられた背景には、単なる恋愛感情以上の興行的な必然性がありました。血統の後ろ盾を持たない喜久雄が歌舞伎界で頭角を現すためには、花街のしきたりに通じ、名士たちの機微を熟知した機転の利く女性の支えが不可欠だったのです。事実、歌舞伎の現場を取材する演劇関係者の証言によれば、「名門の後継ぎではない役者が大成できるかどうかは、妻がいかに贔屓筋を繋ぎ止め、外堀を埋められるかにかかっている」と語られるほどです。
しかし、その献身の見返りとして彰子が得たものは、必ずしも温かな家庭生活ではありませんでした。舞台上の女形として美を極める喜久雄は、自らの身体をも芸の道具として差し出しており、家庭人としての日常を放棄していくことになります。彰子が味わった孤独と忍耐は、伝統芸能の華やかな舞台裏に潜む構造的な影そのものと言えます。