『北の国から』を語る上で絶対に外せないのが、北の国から 泥のついた一万円札の理由です。『'87初恋』のラスト、上京する純を乗せた長距離トラックの車内で、純は運転手(菅原文太)から封筒を手渡されます。それは、見送りに来なかった父・五郎が「息子に渡してくれ」と託したものでした。
中に入っていたのは、くしゃくしゃになり、黒く泥のついた2枚の一万円札。五郎は手元に金がなく、昼夜を問わず他人の土地の開墾や山仕事の肉体労働に身を粉にして、泥まみれになりながら工面したお金でした。運転手は純に向かってこう言い放ちます。
「お前、手を見てみろ。泥がついてるだろうが。これはお父さんの手の泥だ。お父さんが汗水流して稼いだ金だ……一生宝物にしろよ」
東京に行きたくてたまらず、父の泥臭さをどこか恥じていた純は、その紙幣を握りしめ、トラックの助手席で声を上げて号泣します。この演出は、物質的な豊かさに浮かれていた1980年代後半のバブル前夜の日本に対する、強烈な精神的平手打ちでした。
また、北の国から 黒板五郎の名言の数々は、現代社会を生きる私たちの胸にも深く突き刺さります。
- 「子供がまだ食ってる途中でしょうが!」('84夏:閉店間際のラーメン屋で、純と螢の器を下げようとした店員を一喝した言葉)
- 「金なんかいらん。お前らには自然から借りたものを残す」(2002遺言:金銭ではなく、知恵と生き抜く力を遺そうとした言葉)
- 「恥ずかしいのは、嘘をつくことだ。貧しいことは恥ずかしいことじゃない」(連続ドラマ版:純の虚栄心を戒めた言葉)
北の国から 倉本聰の制作秘話によると、当初、五郎役の候補には高倉健の名も挙がっていました。しかし倉本は「格好良すぎる男ではなく、格好悪くて情けなくて、でも愛おしい男でなければならない」として、当時コミカルな脇役が多かった田中邦衛を熱望したといいます。五郎の震えるような口調や「〜なわけで」という独特の語り口は、田中邦衛本人の人間性と倉本聰の筆が奇跡的に融合して生まれたものでした。