彼の運命を大きく変えたのは、1960年代のアングラ演劇運動を牽引した鬼才・唐十郎との運命的な出会いだった。劇団「状況劇場」の旗揚げに参加した彼は、紅テント公演という前衛的な表現空間で一躍アングラカルチャーの寵児となる。
当時の「状況劇場」は、警察や行政との摩擦を恐れず、公園や神社境内に突如として真っ赤なテントを張り、命がけのパフォーマンスを繰り広げる伝説的な集団だった。その熱気の中で、俊敏かつ研ぎ澄まされた身体能力を発揮した彼は、舞台上で異彩を放つ看板俳優として熱狂的な支持を集めた。時代のエネルギーと真っ向から衝突しながら削り出された彼の表現力は、後年の俳優人生を支える揺るぎない土台となったのである。