母屋を抜けて中庭を渡ると、かつての制作現場である「素形工房」と、裏山のような傾斜地に築かれた河井寛次郎記念館の登り窯が姿を現します。滋賀県信楽の大谷焼の技術を導入して築かれたこの登り窯は、複数の中継房が連なる「連房式登り窯」と呼ばれる本格的なものです。
京都市内において、これほど大規模な登り窯が当時の姿のまま残されている例は極めて稀です。かつて炎が立ち上り、無数の名作を生み出した窯の内部を間近で見学することが可能で、窯壁に染み付いた釉薬や焼き締まった土の表情が、当時の制作の熾烈さを物語っています。
展示されている河井寛次郎の陶芸作品は、初期の華麗な中国・朝鮮陶磁の技法を取り入れた優美な器から、民藝運動期の実用的なスリップウェア・辰砂(しんしゃ)の器、そして晩年の自由闊達な造形作品まで多岐にわたります。寛次郎は自らの作品に銘(サイン)を一切入れなかったことで知られていますが、「作品そのものが自分の署名である」という強烈な自負と無名性の美学が、展示された器たちから鮮烈に伝わってきます。