なぜ自虐史観は広まったのか?GhqのWgipと教科書問題の真相を徹底解説

なぜ自虐史観は広まったのか?GhqのWgipと教科書問題の真相を徹底解説

なぜ自虐史観は広まったのか?GhqのWgipと教科書問題の真相を徹底解説の真相について、最新情報を基に徹底解説します。

戦後教育に対する不満が一気に噴出し、社会的な大論争へと発展したのが、いわゆる教科書問題です。もともと1960年代から70年代にかけては、歴史学者の家永三郎氏が自身の執筆した教科書の検定不合格を巡って国を相手取った「家永教科書裁判」が注目を集め、国家による歴史記述への介入が争われていました。

情勢が逆転したのは1990年代初頭です。慰安婦問題や南京事件をめぐる記述が中学校の歴史教科書すべてに掲載されるようになると、保守派の危機感が一気に高まりました。「過度に近隣諸国に配慮した自虐的な記述であり、子どもたちに愛国心を育てられない」との反発が巻き起こり、1997年に結成されたのが新しい歴史教科書をつくる会です。評論家の西尾幹二氏や電気通信大学名誉教授(当時)らが参加した同会は、誇りを持てる歴史を教えるべきだと主張し、市販本として出版した『国民の歴史』は約80万部のベストセラーを記録しました。

「つくる会」は扶桑社や育鵬社から新しい歴史教科書を発行し、公立・私立学校での採択を目指しました。この動きは教育委員会や地方議会を巻き込む激しい攻防となり、全国各地の採択現場で市民団体や教職員組合との激しい摩擦を生みました。結果として同系統の教科書の採択率は全国平均で数パーセントにとどまりましたが、大手教科書会社各社が記述の表現をより慎重に修正・見直す契機となるなど、教科書編纂の実務に極めて大きな影響を与えました。

山崎 陸
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山崎 陸

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