日本医科大学多摩永山病院は、多摩ニュータウンの街びらきが進む1977年(昭和52年)に開設されました。開設から45年以上が経過した現在、建物の耐震基準や病棟の狭隘化(きょうあいか)、最新医療機器の導入スペース確保といった構造的な課題が顕在化しています。
これに対し、多摩市と学校法人日本医科大学はこれまで複数回にわたり移転・建て替えに関する基本協定や検討協議会を設置してきました。過去には諏訪・永山地区の旧学校跡地や都有地を活用した移転新築案などが具体的に検討された経緯があります。
しかし、建築資材高騰や医療従事者の確保、用地面積の制約、財政支援のあり方を巡って協議は紆余曲折をたどりました。関係機関の発表資料や議会答弁の推移を検証すると、「多摩ニュータウンの救急・高度医療の拠点を地域外へ流出させない」という大前提のもと、現在も現地建て替えを含む現実的な整備計画のブラッシュアップが進められています。「突然閉院して撤退する」といった極端な噂は事実無根であり、地域密着の拠点機能は堅持されています。