日本国内のみならず、本国チェコの研究者すら驚嘆させる「堺 アルフォンス・ミュシャ館(堺市立文化館)」。この地に奇跡のようなコレクションが集約された発端は、かつて全国にカメラ量販チェーンを展開した「カメラのドイ」の創業者、故・土居君雄(どい・きみお)氏の類まれな審美眼にありました。
土居氏は1970年代からヨーロッパへ渡航するなかでミュシャの芸術に出会い、その装飾性と精神性に深く傾倒。ビジネスの傍ら、約20年の歳月をかけてポスター、装飾パネル、油彩画、素描、さらには装身具や家具に至るまで、世界的に見ても極めて体系的なコレクションを築き上げました。
転機が訪れたのは1990年、土居氏の急逝でした。当時、バブル崩壊の混乱期にあって、個人の膨大な美術品は遺産相続や企業清算によって海外のオークションへバラバラに散逸する危機に直面していました。この危機を救ったのが、夫人の土居満寿子氏です。「コレクションを一括で保存し、広く社会に公開してほしい」という故人の強い願いを受け、土居氏の創業の地でありゆかりの深かった堺市に対し、1993年にコレクション約500点余りが無償寄贈されました。
堺市はこれを受け、2000年に「堺市立文化館」内に専用のギャラリーを開設。一私人の純粋な情熱が、行政と市民の協働によって恒久的な公の文化財として結実した稀有な事例といえます。