時計の針を1950年(昭和25年)へと巻き戻す。第二次世界大戦の爪痕が深く残る東京・銀座。物資は乏しく、甘い砂糖など庶民には手の届かない贅沢品だった。その街角で、株式会社不二家の創業者・藤井林右衛門は、飢えに耐えながら街をさまよう子どもたちの姿に胸を締め付けられていた。
「子どもたちに、本物の栄養と安心できる甘さを届けたい」。林右衛門の胸に宿ったその使命感こそが、すべての始まりだった。当時出回っていた粗悪な人工甘味料ではなく、北海道産の良質な練乳と水飴を極限まで煮詰める試行錯誤。着色料や香料に頼らず、母親の母乳に近い自然なコクを追求した結果、1951年に完成したのが、白く柔らかな食感のソフトキャンディだった。
商品名は「ミルキー」。「ミルキーはママの味」というキャッチコピーは、単なる宣伝文句ではなく、戦火を生き延びた母親たちの慈愛を象徴する言葉として生まれたのだ。