かつて江東区東砂に位置していた葛西橋自動車教習所は、昭和のモータリゼーション期から平成にかけて地域密着型の指定自動車教習所として確固たる地位を築いていました。荒川と旧中川に挟まれた下町の交通要所にあり、通学の利便性から江東区・江戸川区の学生や社会人が葛西橋で運転免許を取得するための定番コースとなっていました。
同校が閉校に至った最大の引き金は、2000年代以降に本格化した若年層の車離れと少子化の急速な進行です。全国の指定自動車教習所卒業者数は、ピーク時の1990年代初頭から大きく落ち込みを見せており、都市型教習所は一様に入校者確保の激しい競争に晒されました。
これに加え、都内屈指の広大なコース面積を維持するための固定資産税負担と老朽化した校舎・設備の改修費用が経営を圧迫しました。地価の高い東京23区内で広大な平地を占有し続けるビジネスモデルは、少子化局面において極めてリスクが高くなります。最終的に、経営陣による土地の有効活用と事業整理の判断が下され、長年にわたる葛西橋自動車学校の歴史に終止符が打たれることとなりました。