彼女のヴィジュアルがこれほどまでに世間の耳目を集め続けた背景を理解するには、STAP細胞 騒動の経緯を振り返る必要があります。
2014年1月、理化学研究所(理研)の研究ユニットリーダーだった小保方氏は、生物学の常識を覆す万能細胞「STAP細胞」の作製に成功したと発表しました。研究室に持ち込まれたムーミンのイラスト、祖母から譲り受けたという割烹着姿の白衣、ピンクと黄緑に塗られた実験室の壁など、メディアは彼女を「リケジョの星」として過熱報道しました。会見当時の彼女は、従来の科学者像を覆すポップなアイコンとして瞬く間に大衆消費の対象となったのです。
しかし、栄光の時間は長く続きませんでした。直後から論文中の画像データの不自然な加工や切り貼りが指摘され、国内外の研究機関から疑義が噴出。同年4月の反論会見で見せた「STAP細胞は、あります」という涙ながらの訴えは社会現象化しましたが、検証実験でも細胞の再現は叶いませんでした。共同研究者であった笹井芳樹氏の非業の死、理研の退職、そして早稲田大学による博士号の取消決定と、事態は破滅的な結末を迎えます。
沈黙を保っていた彼女が再び公に言葉を発したのが、2016年1月に講談社から上梓した手記『あの日』でした。自らの生い立ちから研究への情熱、騒動の渦中で体験した精神的混乱を克明に綴ったこの告白本は、発行部数25万部を超えるベストセラーを記録。世論は「研究者としての不正を認めていない」という厳しい批判と、「過剰なメディアスクラムと組織の力学に押し潰された悲劇のヒロイン」という同情論の真っ二つに分断されました。この手記の成功が、のちの『婦人公論』での展開へとつながる布石となったのです。