本作を語る上で欠かせないのが、世界的巨匠・溝口健二監督の足跡だ。『雨月物語』や『西鶴一代女』などでヴェネツィア国際映画祭を席巻し、幽玄な美意識と長回し撮影で世界を震撼させた溝口が、自らの遺作として選んだ舞台は華やかな王朝絵巻でも雅な古典でもなかった。それが、猥雑極まる現代の風俗街である。
様式美の極致を極めた男が、なぜ泥臭い現実へ急旋回したのか。そこには、映画という表現を用いて時代そのものと対峙しようとする凄まじい執念があった。徹底したリアリズムで構築されたこの社会派ドラマは、溝口がキャリアの最後に到達した「嘘のない人間観察」の結晶に他ならない。病魔に侵されながらもメガホンを取り続けた巨匠の息遣いが、カットの端々に刻み込まれている。