なぜここまで略称が受け入れられるのか。背景には、現代人が抱える「テキスト疲れ」がある。一日に数百件に及ぶ通知を捌くナレッジワーカーにとって、「お疲れ様です。◯◯の件ですが……」という前置きを入力・読解すること自体が微小な負荷(認知コスト)となっているのだ。
「お疲れ様です」という表現自体が持つ、どことなくしめやかで重苦しいニュアンスを敬遠する声もある。ライトな「乙」の響きは、相手に返信の圧迫感を与えない。重厚な社会人規範から逃れ、軽やかに業務を回すための防護策として、若手社員たちは無意識にこの言葉を選び取っている。