結論から言えば、長い歴史の記録を精査すると、行の半ばで力尽き、あるいは掟に従って自ら命を絶った行者は実在したと伝えられている。比叡山延暦寺の山中には、歴代の行者が途中で斃れた場所に建てられた墓石や供養塔が点在しており、それらは無言のまま過去の厳罰な真実を物語る。
天台宗に伝わる千日回峰行には、絶対的な掟が存在する。行に入って百日を過ぎた「百日回峰」以降は、いかなる病気や怪我に見舞われようとも途中で行を降りることは許されない。もし続けられなくなった場合、その場で首を吊るか腹を裂いて自害しなければならない。これが「不退転」の誓いだ。
江戸時代以前の記録には、脚の骨折や高熱、悪天候による遭難で行を続けられなくなり、自ら命を絶った無名の修行僧の逸話が残る。明治以降の近代において公に「自害した」と記録された例は極めて稀だが、それは生還した行者たちが超人的な精神力で死の淵から這い上がってきた結果に過ぎない。掟自体は形骸化した儀礼ではなく、いまなお行者の懐に本物の刃として忍ばされている。