『島唄』は単なる南国のラヴソングではない。宮沢和史が現地で生き残ったおばあさんから聞き取った、第二次世界大戦末期の沖縄戦における惨禍と魂の慰霊歌である。
1945年春、米軍が本島に上陸した時期こそが、まさにデイゴが開花する季節だった。満開のデイゴの赤い花は、戦火に倒れた尊い命の血流を、そして「嵐」は島を焦土に変えた圧倒的な鉄の暴風を暗示している。「ウージの森であなたと出会い ウージの下で千代にサヨナラ」という詞。ウージ(サトウキビ)の下とは、住民や学徒隊が追い詰められ、集団自決や過酷な死を遂げた天然の洞窟「ガマ」を意味する。
真っ赤なデイゴの花が咲き誇ったあの春、激しい砲撃によって命を落とした人々への鎮魂。軽快なメロディの裏側に、二度と繰り返してはならない戦争の哀歌が隠されていたのだ。