伊藤潤二作品における白眉とも言えるのが、精神の変容が物理的な肉体にダイレクトな奇形化をもたらすグロテスクな描写です。『長い夢』において、なぜ向田の肉体は眠るたびに頭蓋骨が歪み、皮膚が硬質化し、怪獣やミイラのような異形へと変化していったのでしょうか。
本作が提示する恐るべき仮説は、「脳が認識した主観的現実は、肉体の進化・退化を強制的に引き起こす」という生体同期の恐怖です。通常の人間であれば、肉体の老化に伴って脳機能が衰退します。しかし向田の場合、わずか数時間の肉体的睡眠の間に、脳神経系だけが数百年から数千年の過酷な環境と実体験をシミュレートしてしまいました。
脳が「自分は数百年ジャングルで生き抜いた」「過酷な荒野を放浪した」と100%確信した結果、生体防御反応として肉体側がその主観的環境に適応しようと急速な変異を開始したと考えられます。精神と肉体のタイムラグが破綻した瞬間、人間の器は耐えきれなくなり、最終的に生物としての限界を迎えて結晶化・自壊したのです。