幼少期から思春期にかけて、高橋一生が担った役割は単なる「兄」の領域を遥かに超えていました。学校から帰宅すると、幼い弟たちの世話、ミルク作り、オムツ替え、さらには離乳食の調理までを日常的にこなしていたと本人がテレビ番組などで明かしています。現在でいうヤングケアラーの典型的な境遇に身を置いていたと言えます。
特に年の離れた弟たちに対しては、兄というよりも完全に父親の役割を果たしていました。三男は後に人気ロックバンド「never young beach」のボーカル&ギターとして活躍する安部勇磨ですが、幼少期の記憶において長男である高橋一生の存在がいかに絶対的で安心できる防波堤であったかは、後年の兄弟対談などでも語られています。
高橋一生は弟たちに対して単に甘やかすのではなく、礼儀作法や社会規範についても厳しく教育しました。「弟たちには家計簿をつけさせ、金銭感覚を身につけさせた」というエピソードは有名で、自身の小遣いや子役時代のギャラすらも弟たちの学費や生活費の一部に充当していた時期があったと伝えられています。理不尽な環境を恨むのではなく、「弟たちを真っ当に育て上げる」という強い使命感が、彼の精神的な支柱となっていきました。