2000年代半ば、若槻千夏はまさにテレビ界の頂点に君臨していました。年間テレビ出演本数は300本以上に達し、朝の情報番組から深夜の過酷なロケまで、スケジュール帳は分刻みで埋め尽くされていました。フジテレビ系『めちゃ×2イケてるッ!』のテスト企画や、テレビ朝日系『ロンドンハーツ』などで見せた機転の利くコメント力は、単なるアイドルの枠を完全に超えていたのです。
しかし、その代償はあまりにも過酷でした。当時のインタビューや復帰後の手記において、彼女は2006年夏頃から極度の体調不良に襲われていたことを明かしています。神経性胃炎や過度のアレルギー反応、さらには重度の潰瘍性大腸炎を発症し、ドクターストップがかかる事態に追い込まれました。
さらに精神面でも深刻な摩耗が起きていました。テレビをつければ「天然」「おバカ」ともてはやされる一方で、制作サイドが求める過剰なピエロ役に葛藤を抱く日々が続きます。消費され尽くす恐怖と肉体の限界に直面した若槻は、2006年末から仕事を大幅にセーブ。2007年以降は単身でアメリカ・ロサンゼルスへ渡り、古着の買い付けやデザインの勉強を始め、2009年のアパレルブランド「w♥c(ダブルシー)」設立へと舵を切りました。
つまり、世間が『ヘキサゴンII』から生まれたユニット「羞恥心」や「Pabo」に熱狂していた2007〜2008年、若槻千夏はテレビの雛壇から完全に身を引き、実業家としての道を切り拓いていたのです。