屏風の中央には何もない。ただただ、鈍く光る金箔の地が広がるばかりだ。しかし、この一見無謀とも思える大胆な配置こそが、俵屋宗達の仕掛けた最大の視覚トリックである。
通常の屏風絵であれば、主役は中央に据えられるのが定石だ。ところが宗達は、風神を画面右上、雷神を左上の両端ぎりぎりに追いやった。それどころか、神々の身体の一部や雲の端を画面の外側に断ち切る「フレームアウト」の手法を導入している。この大胆なトリミングによって、鑑賞者の脳内には屏風の外側へと無限に広がる天空のパノラマが自動的に補完される。
さらに視線を追うと、風神の視線は斜め下を向き、雷神はやや上体を反らせて対峙している。両者の視線と進行方向が交差することで、中央の何もない金地の空間に目に見えない強烈な緊張の力場が生み出されるのだ。何もないはずの余白に、突風が吹き荒れ、雷鳴が轟く。鑑賞者はただ絵を見ているのではない。両神が巻き起こす嵐のただ中に、否応なく放り込まれる。