感染症対策として広く普及した手指のアルコール消毒液。しかし、アデノウイルスに対して手指消毒用アルコールスプレーをどれだけ吹きかけても、感染予防効果はほとんど期待できません。ここに家庭内感染を防げない最大の科学的盲点が存在します。
アデノウイルスにアルコール消毒が効かない理由は、ウイルスの外郭構造にあります。インフルエンザウイルスやコロナウイルスは、ウイルスの外側に「エンベロープ」と呼ばれる脂質二重膜の殻を持っています。アルコール(エタノール)はこの脂質膜を素早く溶解・破壊することでウイルスを不活化させます。ところがアデノウイルスは、脂質膜を持たないノンエンベロープウイルス(ノロウイルスやロタウイルスと同類)です。タンパク質のカプシドが強固なシェルターとなって遺伝子を保護しているため、アルコールやエーテルなどの有機溶媒に対して極めて高い耐性を示します。乾燥や胃酸にも耐えうる頑強さを持ち、環境表面で数週間生存することすらあります。
では、家庭内でどのようにウイルスを排除すべきなのか。唯一有効な手段は、「次亜塩素酸ナトリウム」による化学的消毒か、「85度以上の熱湯処理(1分以上)」、そして「流水と石けんによる物理的な洗い流し」です。
家庭用の塩素系漂白剤(ハイターなど)を水で薄め、0.05%〜0.1%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液を作製し、感染者が触れたドアノブ、照明スイッチ、リモコン、蛇口を拭き取ることが鉄則です。また、感染者の衣類やタオルは他の家族のものと分け、熱湯消毒を行ってから洗濯するか、塩素系漂白剤に浸漬処理する必要があります。
もうひとつの深刻な誤解が「病院に行けば特効薬をもらえる」という思い込みです。現在、アデノウイルスに対する有効な抗ウイルス特効薬(治療薬)は存在しません。インフルエンザのタミフルのような治療薬がないため、医療機関で処方されるのは解熱鎮痛剤(アセトアミノフェンなど)や抗炎症点眼薬などの対症療法薬に限られます。「抗生物質(抗生剤)を出してほしい」と医師に要求する患者も後を絶ちませんが、抗生物質は細菌を殺す薬であり、ウイルスであるアデノウイルスには一切効果がありません。不要な抗生剤の内服は腸内細菌叢を破壊し、下痢を悪化させるだけです。