水が一度入ってしまうとなかなか外へ排出されない背景には、人間の身体が持つ精巧な解剖学的構造が深く関わっています。成人の外耳道は、耳の穴の入り口から鼓膜に至るまで約2.5cm〜3cmほどの奥行きがあります。重要なのは、この管が一直線ではなく、緩やかなS字状に湾曲している点です。さらに、鼓膜の手前には「峡部(きょうぶ)」と呼ばれる幅が狭くなったくびれが存在します。
この狭いトンネルに液体が入り込むと、液体の分子同士が引き合い球状になろうとする「表面張力」と、狭い隙間を液体が這い上がる「毛細管現象」が同時に働きます。直径わずか7〜9ミリメートル程度の外耳道の中で水滴が膜を張るように留まってしまうため、単に頭を横に向けた程度では、重力よりも表面張力のほうが勝ってしまい、水が外へ落ちてこないのです。
さらに見逃せないのが、耳垢が水を吸って膨らむ真相です。耳垢(耳あか)は本来、皮膚の脂質や剥離した角質から成る疎水性の保護膜ですが、内部に溜まったまま放置されていると、スポンジのように水分を急速に吸収します。乾燥していた耳垢が膨張して外耳道を完全に塞いでしまう「耳垢栓塞(じこうせんそく)」を起こすと、水はその奥に閉じ込められ、密閉状態となって抜けなくなります。水が入った直後から強い閉塞感や耳鳴りが続く場合、水そのものではなく「ふやけた耳垢」が壁となっている可能性が高いのです。