初夏に美味しく食べたさくらんぼの種を、そのまま植木鉢の土に埋めて毎日水やりをしても、ほとんどの場合芽は出てきません。多くの人が「失敗した」「不良品だったのか」と諦めてしまいますが、これには植物生理学に基づいた明確な理由があります。
さくらんぼをはじめとする温帯性果樹の種子は、実が熟して地面に落ちる初夏にすぐ発芽してしまうと、その後にやってくる過酷な冬の寒さに耐えられず幼苗が枯れてしまいます。そのため、種子自身が「厳しい冬を乗り越えるまでは絶対に発芽しない」という強力なブレーキ、すなわち休眠状態(シード・ドルマンシー)に入っているのです。
土に植えて水をあげるだけでは、種はまだ冬を経験していないと判断し、眠り続けたまま土中の微生物によって分解され、最終的に腐敗してしまいます。これが、果樹を種から育てる際に初心者が陥る最大の失敗原因です。
また、種の表面に付着している果肉にも注意が必要です。果肉には発芽を抑制する植物ホルモンが含まれているため、果肉の洗い残しがある状態では発芽スイッチが入りません。発芽への第一歩は、果肉を完全に洗い落とし、殻の奥にある胚に「冬が来て、そして春が訪れた」と錯覚させることにあります。