読者の誰もが抱く疑問――「そもそも火鼠の皮衣 実在するのか」という命題に対し、文献学と近代科学は明確な回答を提示しています。架空の妖怪・生物としての火鼠は存在しませんが、そのモデルとなった「火に入れても燃えない布」は、古代史において明確に実在していました。
まず、伝説の出処を辿ると、古代中国の地理誌や博物誌である『神異経』や『拾遺記』、『海内十洲記』に行き着きます。そこには「南方の火山に生息する巨大な鼠(火光獣)がおり、火の中では赤く輝き、火の外に出ると死ぬ。その毛を紡いで織った布は火で洗うことができ、汚れが落ちる」という記述が存在します。この布は中国で「火浣布(かかんぷ)」と呼ばれ、皇帝への献上品として珍重されていました。
そして、この火浣布の科学的根拠こそが火鼠の皮衣 石綿 アスベスト説です。アスベスト(温石綿などの天然鉱物繊維)は、耐火性・耐熱性に極めて優れ、糸として紡ぐことで不燃性の布を織り上げることができます。中国の『三国志』魏書や『後漢書』にも、西域の大秦国(ローマ帝国方面)から火浣布がもたらされ、曹丕や曹叡がその耐火性を確認したという史実が記録されています。
つまり、火鼠の皮衣 正体とは、シルクロードを経由して中国へもたらされた「石綿製の布(火浣布)」の噂が、民間伝承の中で「火鼠という神秘的な獣の毛皮」へと変形・ファンタジー化したものでした。『竹取物語』の作者は、唐との交易船を通じて日本にも断片的に伝わっていたこの最先端の博物学的知識を巧妙に取り入れ、貴族の知性と財力を試す絶妙なギミックとして物語に配置したのです。