「産後1ヶ月健診が終われば、すっかり元通りの身体に戻る」という言説は、臨床現場の実態と大きく乖離しています。実際には、術後1ヶ月が経過しても約20〜30%の母親が傷口周辺の痛みや鈍重感を抱えていると報告されています。
帝王切開の傷は、外から見える皮膚の傷(表皮)だけでなく、皮下脂肪、前筋膜、腹膜、子宮筋層という「深部組織の5層」を縫合しています。表面の皮膚は約1週間で癒合しますが、筋膜や子宮筋層の組織強度が術前の状態まで回復するには最低でも3ヶ月から半年を要します。退院後に新生児(3〜5kg)を毎日何時間も抱っこし、授乳姿勢を保つ日常は、腹筋と筋膜に絶え間ない物理的負荷(伸展ストレス)を与え続けます。1ヶ月経っても痛みが続くのは、「回復が遅い」のではなく「深部組織が治癒途上にある中で負荷がかかっている」という純粋な物理的結果です。
ただし、単なる治癒過程の鈍痛と、医療介入が必要な「病的な痛み」は明確に区別しなければなりません。以下の症状が見られる場合は、迷わず執刀医または産婦人科を受診してください。
- 傷口の一部が赤く腫れ上がり、触れると熱を持っている(創部感染の疑い)
- 傷口の隙間から黄色い膿や嫌な臭いのする浸出液が出ている
- 術後数週間経ってから、突然生理初日以上の鮮血が出血した(子宮復古不全や胎盤遺残の疑い)
- 悪寒を伴う38度以上の発熱がある