行政上は「福岡県福岡市」で決着がついたものの、現場の生活者やネットコミュニティでは、今なお地名にまつわる深い愛着と葛藤が渦巻いています。
地元福岡のSNSや地域掲示板を観察すると、住民たちの興味深い使い分けが浮き彫りになります。博多祇園山笠を支える旧博多部の住人たちは、自らを「福岡市民」ではなく「博多っ子」と誇らしげに呼びます。市外・県外から訪れる人々も、「福岡へ行く」と言う代わりに「博多へ行く」と口にするケースが極めて多く見られます。駅名が博多駅、空港が福岡空港、祭りが博多どんたく、行政機関が福岡県庁・福岡市役所という「都市機能の二重構造」が、日常の会話にも定着しているのです。
さらに視野を広げると、「小倉」を擁する北九州市住民のアイデンティティも見逃せません。かつて小倉県が存在し、官営八幡製鐵所を擁して日本の近代重工業を牽引した自負を持つ北九州市側からは、「福岡市一極集中に対する複雑な思い」が語られます。新幹線のぞみが全便停車する小倉駅を抱え、独自の文化圏を築いてきた北九州市民にとって、福岡市中心の行政枠組みは単なる同列の県域として割り切れない歴史的自負が存在するのです。
一見すると無機質な行政上の「県庁所在地」という記号の裏には、住民が数百年かけて育んできた郷土愛と、近代国家形成の過程で生じた力学が今なお息づいています。