刑事司法がどれほど精緻に推定無罪を謳っていても、一般社会やネットコミュニティにおける現実は残酷な乖離を見せています。現代のSNSやポータルサイトのコメント欄では、「逮捕」「容疑者」という言葉が出た瞬間に、社会的な有罪判決が即座に下されてしまう「ラベリング効果」が猛威を振るっています。
犯罪社会学の視座において、ラベリング理論とは「ある特定の行動や人物に対して社会が『逸脱者(犯罪者)』のレッテルを貼ることで、その人物が社会的に排除され、実際に逸脱者としての役割を固定化されていくプロセス」を指します。実名報道が行われ、顔写真や過去の経歴がネット空間に拡散されると、仮にその後「嫌疑なし」や「嫌疑不十分」で不起訴処分となって釈放されたとしても、検索エンジンに名前を入力すれば逮捕時の記事が半永久的にヒットする「デジタルタトゥー」として残り続けます。
当事者の手記や冤罪事件弁護団の報告資料には、次のような生々しい現実が記録されています。
「勤務先から即座に懲戒解雇処分を突きつけられ、賃貸マンションは強制退去。近隣住民からの嫌がらせで家族は引っ越しを余儀なくされた。数週間後に嫌疑なしで不起訴釈放されたが、失った信用、職、家庭環境は二度と戻らなかった」
さらに取り調べ現場のリアルにも注意を払う必要があります。被疑者には捜査機関の適法な呼び出しや取り調べに応じる義務(出頭義務・受忍義務)があると解釈されていますが、「取り調べに応じる義務」と「質問に答える義務」は全くの別物です。日本国憲法第38条および刑事訴訟法第311条は、何人も自己に不利益な供述を強要されない「黙秘権」を厳格に保障しています。言動の一言一句が切り取られて法廷で証拠化されるリスクを防ぐため、弁護士は逮捕直後の被疑者に対し「身に覚えがないなら安易に調書にサインせず、黙秘権を行使すること」を強く助言します。しかし世間では、「黙秘=やましいことがある証拠」という的外れな偏見が根強く残っています。