Q1:なぜ「ヒゲの殿下」と呼ばれるようになったのですか?
A1:英国オックスフォード大学への留学から帰国された際、顎髭を生やした姿がトレードマークとなり、皇族としては極めて珍しいスタイルであったことからマスコミや国民の間で親しみを込めて「ヒゲの殿下」と呼ばれるようになりました。
Q2:寬仁親王の主な病歴と死因は何だったのでしょうか?
A2:1991年に発見された食道がんをはじめ、頭頚部のがんなどで通算16回の手術を受けられました。またアルコール依存症の治療も公表・克服に取り組みました。最終的な死因は多臓器不全で、2012年6月6日に66歳で薨去されました。
Q3:寬仁親王の残されたご家族の現在は?
A3:妻の信子妃殿下は名誉総裁職などを務められ、長女の彬子女王は日本美術の研究や文筆活動、次女の瑶子女王は福祉・スポーツ関連の公務に尽力され、親王の遺志を受け継ぎ精力的に活動されています。