徳川綱吉の生類憐れみの令はなぜ天下の悪法から名君の福祉政策へ大逆転したのか

徳川綱吉の生類憐れみの令はなぜ天下の悪法から名君の福祉政策へ大逆転したのか

徳川綱吉の生類憐れみの令はなぜ天下の悪法から名君の福祉政策へ大逆転したのかの概要と注目ポイントを一挙に解説しました。

生類憐れみの令で最も重要な点は、保護の最優先対象が「人間(特に社会的弱者)」であったことです。当時の江戸では、貧困ゆえに生まれたばかりの赤子を捨てる「捨て子」や、病人を長屋から追い出す「行き倒れ」が社会問題化していました。

綱吉は法令の中で以下のような画期的な制度を矢継ぎ早に義務付けました。

  • 捨て子の禁止と養育義務:捨て子を発見した者は直ちに役所へ届け出ること。養育を希望する者には幕府から手当を支給する。
  • 行き倒れ・病人の保護:宿場や町内で行き倒れた旅人を放置してはならず、回復するまで介抱すること。
  • 戸籍制度の先駆け(犬の登録制):野良犬の増加と狂犬病の蔓延を防ぐため、飼い主の登録を義務付け、みだりな遺棄を禁止する。
  • 牛馬の過積載禁止:使役動物への過重労働を禁じ、高齢になった馬の遺棄を処罰する。

一方で、江戸市中の野良犬対策として設置されたのが、現在の中野区役所周辺に広大に建設された「中野の犬小屋」です。敷地面積は約30万坪(東京ドーム約20個分)に及び、最盛期には約10万頭の犬が収容されていました。専属の獣医(犬医者)が配置され、朝夕に白米と干魚が与えられるなど徹底した保護が行われました。

しかし、この施設の維持費として年間約10万両(現在の貨幣価値で約100億〜150億円相当)もの幕府財政が投じられ、その一部が町民に賦課されたことが、当時の庶民層から不満を買う直接的な要因となりました。

小林 直樹
著者

小林 直樹

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。