八甲田連峰の南端、深い渓谷を縫う青荷川のほとりに佇む青荷温泉。1929年(昭和4年)に歌人・吉野浩東によって開かれたこの湯宿の最大の特徴は、創業以来貫かれている「本物のランプ生活」にあります。館内には電球が一切なく、日没が近づくとスタッフの手によって一つひとつ灯される約200個のランプが、宿全体を柔らかく温かいオレンジ色の光で包み込みます。
デジタル機器に四六時中囲まれる生活が定着した現代において、青荷温泉の電波・充電・コンセント事情は極めてストイックです。客室に電源コンセントはなく、Wi-Fiはもちろん大手キャリアの通信電波も基本的に圏外となります。カメラやスマートフォンの充電はあらかじめ済ませておくか、大容量モバイルバッテリーの持参が欠かせません。
なぜ不便極まりない環境がこれほど支持されるのか。現地を訪れた宿泊者の多くは、「スマホが鳴らないことがこれほど心を軽くするとは思わなかった」「ランプの灯りと沢のせせらぎだけで過ごす夜は、過去にないほどの熟睡をもたらした」と証言しています。視覚的情報量が極限まで抑えられた空間が、過密な情報に疲弊した脳の緊張をほどく触媒として機能している実態が浮き彫りになっています。