この完成された世界観を持つ楽曲を、椎名林檎が書き上げた当時の年齢はなんと18歳から19歳頃。福岡から上京する前後、イギリス・ロンドンへ短期留学していた時期に原型が作られました。
特筆すべき制作秘話は、この曲がもともと全編英語の歌詞として作られたという点です。のちに公式の別バージョンやライブ音源(『丸の内サディスティック (EXPO Ver.)』など)でも英語詞が披露されていますが、原曲の日本語歌詞は「英語の響きや母音のグルーヴ」を損なわないように、空耳のように語感を当てはめて作詞されたという背景があります。
意味の整合性だけでなく、音としてのノリやリズムの心地よさを徹底的に追求したからこそ、四半世紀以上が経過した今も色褪せないグルーヴを生み出しています。