旧ジャニーズ事務所の性加害問題が世界的な人権問題として認定され、事務所の解体・補償へと動いた現代。今改めて振り返るべきは、35年以上も前の1988年に実名でタブーに切り込んだ北公次の勇気です。
当時の社会は彼の叫びを受け止めきれず、むしろ告発者を異端として排除してしまいました。しかし、北公次が命を削って遺した『光GENJIへ』の記述や最期の遺言メッセージは、決して狂言や売名などではなく、後世の被害を防ぐための切実なSOSでした。
近代日本のエンターテインメント史において、北公次は類まれなるトップアイドルであったと同時に、巨大な権力構造の闇に対して最初に風穴を開けようとした孤高の表現者として、その存在感を永遠に刻み込んでいます。