表現の自由と倫理観の摩擦が生む熱量から、過激で美しい作品は生まれてきた。映画の年齢制限や性的表現を審査する映倫(映画倫理機構)による分類において、「R18+指定映画」は興行上の制約と受け取られる時期が長かった。だが、その固定概念はいま覆りつつある。
日本映画史をひもとけば、大島渚監督の『愛のコリーダ』が示したように、性愛の極致を描くことで人間の本質に迫ろうとした先例がある。当時の社会を揺るがした情熱は、時代を経て単なる過激さではなく「表現の美学」として確固たる評価を得た。現代の映像作家たちもまた、映倫(映画倫理機構)の基準と向き合いながら、一時の刺激にとどまらない濃密な余韻を残す作品を世に送り出している。