1990年代に入りバブル経済が崩壊すると、田山氏の手掛けていた不動産事業は一気に破綻へ向かいました。事業資金の焦げ付きは雪だるま式に膨らみ、田山氏が経営する企業は相次いで事実上の倒産に追い込まれます。そして一家を地獄へと突き落としたのが、良子さん自身が負わされた約40億円とも言われる巨額の手形保証・連帯保証債務でした。
妻の知名度や信用を利用する形で署名や裏書きがなされていたため、夫の事業失敗による巨額の請求がすべて良子さんの元へ押し寄せる事態となったのです。夫婦関係は完全に修復不可能な亀裂が入り、1994年に協議離婚が成立。杏里さんがわずか3歳のときでした。離婚後、田山氏は良子さんと幼い2人の子どもたちを残して表舞台から姿を消しました。残された良子さんは、暴力団関係者めいた取り立てに怯えながら、幼子を抱えて女優業を昼夜問わず詰め込み、10数年もの歳月をかけてこの理不尽な負債を完済していったのです。