日本のガールズロックの歴史を振り返る上で欠かせないのが、1970年代末から1980年代前半にかけてのガールズロック黎明期です。当時の日本のロック界は完全なる男性中心社会であり、女性がエレキギターやドラムを手にしてステージに立つことに対して、「どうせ見た目だけのお飾りだろう」「女性の体力ではハードロックの重厚なビートは叩けない」といった根強い偏見が渦巻いていました。
そうした逆風をアンダーグラウンドから切り崩した先駆者が、1979年に結成され1982年にメジャーデビューを果たしたZELDA(ゼルダ)でした。ポストパンクやニューウェイヴの先鋭的なサウンドを鳴らし、「日本で最も長く活動した女性ロックバンド」としてカルチャー界に巨大な足跡を残したZELDAバンド伝説は、後続の女性ミュージシャンたちに「女性だけでも独自のロックを構築できる」という決定的な自信を与えました。
そして1980年代中盤、メジャーシーンのど真ん中へ殴り込みをかけたのがSHOW-YAでした。1985年のデビュー当時、音楽メディアや批評家からの女性バンドブーム当時の評判は決して手放しの称賛ばかりではなく、冷ややかな視線も向けられていました。しかし、寺田恵子をはじめとするメンバーの卓越した演奏技術と妥協なきライブパフォーマンスは、目の肥えたハードロックファンを瞬く間に唸らせることになります。
さらにSHOW-YAは1987年、日比谷野外大音楽堂にて女性アーティストのみが出演する一大ロックフェス「NAONのYAON」を自らプロデュースして立ち上げました。初期のNAONのYAON出演バンドには、SHOW-YAをはじめ、アン・ルイス、MINAKO(米米CLUB)、プリンセス プリンセス(当時はプレジデント レインボー名義含む)らが名を連ね、ジャンルの垣根を越えて「ロックを愛する女性表現者の連帯」を日本中に見せつけたのです。