結論から明かすと、古典伝承におけるぬらりひょんの正体に固有の「持ち家」や「本拠地」は存在しません。ぬらりひょんの最大の怪異性は、自前の住居を構えるのではなく、他人の豪華な屋敷を仮住まいとして転々と居候する生態そのものにあります。
夕方の黄昏時、家主や使用人が夕食の支度や帰宅で忙しく立ち働いている隙を見計らい、ぬらりひょんは音もなく玄関を通り抜けます。そして客間の一番上座に腰掛け、差し出された茶や煙草を嗜み、あたかもその家の主(あるじ)であるかのように振る舞うのです。周囲の人間も「この家の主人の知人だろう」「どこかの尊い客人に違いない」と強烈な認知の錯覚に陥り、誰も追い出すことができません。
人気漫画『ぬらりひょんの孫』では、東京都浮世絵町に構えられた広大な日本家屋「奴良屋敷(ぬらやしき)」が妖怪任侠一派の本拠地として象徴的に描かれました。しかし、これは現代の創作物が生み出した魅力的な舞台設定であり、民俗学的なルーツにおいては「特定の住処を持たず、他人の屋敷にパラサイトし続けること」こそが、ぬらりひょんという存在のアイデンティティなのです。