日本経済史に残るスキャンダルとなった「大王製紙事件」の発端は、2010年から2011年にかけてのわずか1年足らずの間に起きました。当時、大王製紙の代表取締役会長の座にあった井川氏は、グループ子会社7社から総額106億8000万円にのぼる資金を、取締役会の承認を得ず無担保で引き出し、自らのカジノ遊興費へと注ぎ込んだのです。
主戦場となったのは、シンガポールの「マリーナベイ・サンズ」や「リゾート・ワールド・セントーサ」、そしてマカオのVIPカジノでした。プレイしていたのは、カードの合計値の下一桁が9に近い方を当てる極めて単純かつハイレートな「バカラ」。VIPルームに足を踏み入れた井川氏は、1ゲームで数千万円、一晩で数億円が動く非日常の狂気へと加速度的に呑まれていきました。
当時の特番インタビューや自著・手記『溶ける 大王製紙前会長 井川意高の懺悔・告白』(双葉社)の中で、井川氏は当時の精神状態を「負けを取り戻そうとする焦燥感と、脳内でドーパミンが異常分泌される完全な中毒状態だった」と述懐しています。数百万円の負けを帳消しにするために数千万円を賭け、それを失うと億単位の勝負に挑むという破滅の連鎖は、東大卒のエリート経営者の冷静な判断力を完全に麻痺させました。
2011年9月に不正な資金流出が社内調査で発覚し、会長職を辞任。同年11月に東京地検特捜部によって会社法違反(特別背任)の容疑で逮捕されました。裁判では懲役4年の実刑判決が下され、控訴・上告を経て2013年6月に刑が確定。栃木県にある「喜連川社会復帰促進センター」へと収監されることとなったのです。