ポップカルチャー社会学や青年心理学の視座から本作を再考すると、一つの残酷なパラドックスが浮き彫りになります。曲中では「Live While We're Young(若いうちに生きろ)」と高らかに自由が歌い上げられていますが、当時のメンバー5人の実態は、世界ツアー、メディア出演、容赦のないパパラッチの包囲網により、自身のプライベートな「青春」を完全に剥奪された状態にありました。
彼らにとってスタジオやMVの撮影現場は、管理された過酷なエンターテインメント資本主義の檻の中で、唯一「普通の若者としてバカ騒ぎを演じることが許された避難場所」でもあったのです。消費されるアイコンとして笑顔を振りまきながら、自らの若さを燃料にして世界を熱狂させる姿は、昭和・平成から続くアイドル文化の「消費される無垢」の構造そのものでした。
【プロの結論】いま本曲を聴き直すべき人と、胸が痛むかもしれない人の条件
発売から時を経た今、この楽曲を聴くリスナーの受け止め方は二分されます。以下の基準を参考に、自らの感情と向き合いながら名曲に触れてみることを推奨します。
- いま聴くことを心からおすすめできる人:
- 日々の業務や責任に追われ、がむしゃらに楽しんでいた学生時代の初期衝動を取り戻したい人
- 2010年代初頭の洋楽ポップスが持っていた圧倒的な多幸感とドライビングな高揚感を純粋に味わいたい人
- ギターロックとダンスポップの構造的な融合を、音楽理論やプロダクションの観点から深く分析したい人
- 少し時間を置くか、慎重に聴くべき人:
- メンバー個々人の苦悩や後述する悲劇的な出来事に対して過度な感情移入をしてしまい、純粋なポップスとして楽しめない人
- 過去のグループの完全な姿に執着し、現在のソロ活動や時間の不可逆性を受け入れることに痛みを覚える人