実在しないはずの「忌野狂志郎」が、なぜこれほどまでに人口に膾炙するに至ったのか。その成立過程を辿ると、言語的要因(IME変換と音韻の近似性)とカルチャー的要因(昭和パロディ文化)という2つの交差点に行き当たります。
1. 柴田錬三郎の傑作時代劇『眠狂四郎』との無意識の言語交差
第一の構造的要因は、昭和カルチャー史に輝く不朽のダークヒーロー『眠狂四郎(ねむりきょうしろう)』との音韻的な混同です。市川雷蔵主演の映画シリーズをはじめ、田村正和主演のテレビドラマなどで一世を風靡した「狂四郎」という固有名詞は、日本人の脳内に強烈な認知パターンとして刻み込まれていました。
一方、忌野清志郎の芸名は、映画の劇中台詞や落語などに見られる「いまわのきわ(今際の際)」に、本名である「栗原清志」を掛け合わせた唯一無二の造語です。しかし、語呂やリズム(「いまわの・きよしろう」と「ねむり・きょうしろう」)が七五調に近い近似性を持っていたため、初期のパソコン通信時代からスマートフォンのフリック入力に至るまで、「きょうしろう」と打ち込んで変換ミスを起こすケースが多発しました。
2. 80年代サブカルチャーと過激パロディの文脈
第二の要因は、1980年代後半から1990年代初頭にかけてのサブカルチャー雑誌や深夜番組、お笑いバラエティにおける過激なパロディ文化です。
当時のRCサクセションは、アルバム『COVERS』の発売中止騒動や反原子力発電ソングを巡り、メディア規制と激しく衝突していました。その先鋭的で狂気すら孕んだパフォーマンスを、当時のアンダーグラウンド系同人誌やギャグ漫画のパロディネタ、あるいはインディーズのコピーバンドが「狂っている清志郎」を誇張する意味で「忌野狂志郎」というもじりネームで引用・風刺した事例が散見されます。
公の場で見せた激しい叫びや、常識を嘲笑うかのようなメイク・衣装のインパクトが、「清」という字よりも「狂」という字のほうが相応しいのではないかというブラックユーモアを呼び起こし、好事家の間でスラングとして定着していったのです。